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名古屋地方裁判所 昭和55年(行ウ)24号 判決 1981年8月31日

原告 木藤孝一

被告 岡崎税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が、昭和五四年五月一一日付でなした、原告の昭和五二年分所得税に係る更正の請求に対し、更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  原告先代訴外木藤荘吉(以下「荘吉」という)は、昭和五二年三月三〇日死亡したので、原告は、荘吉の同年分所得税債務を承継した。

2  そこで、原告は、荘吉の右所得税について、昭和五二年七月三〇日に、別表二「課税長期譲渡所得金額及び所得税額」中確定申告欄記載のとおり確定申告をなした後、昭和五三年七月二四日に、被告に対し同表更正の請求欄記載のとおり長期譲渡所得の金額につき、取得費として二五一万一〇二〇円を計上し、これを控除した六八〇万九八〇円に更正する旨の請求をなしたが、被告は昭和五四年五月一一日付で右請求について更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件処分」という)をなした。

3  原告は本件処分を不服として、昭和五四年七月一二日付で被告に対して異議申立をなしたが、被告は、同年一〇月一一日付でこれを棄却する決定をなし、その旨原告に通知した。

4  原告は、右異議棄却決定を不服として、昭和五四年一一月一〇日国税不服審判所長に対して審査請求をなしたが、同所長は昭和五五年五月三〇日付でこれを棄却する裁決をなし、原告は同年六月九日ごろその裁決書謄本の送達を受けた。

5  然しながら、本件更正請求は、前記のとおり訴外荘吉の長期譲渡所得の金額の算出にあたり、取得費として二五一万一〇二〇円を計上し、これを控除すべきことを求めたものであり、正当な理由に基づくものであるのに、本件処分は、これを容認しない点において違法であるから、その取消を求める。

二  被告の主張

1  請求原因第1ないし第4項の事実はいずれも認めるが、第5項の主張は後記のとおり争う。

2  本件処分に至るまでの経緯

(一) 本件長期譲渡所得課税の対象となつた荘吉の譲渡

原告先代訴外荘吉は、訴外岡崎八帖土地区画整理組合(以下「訴外組合」という)が施行する土地区画整理事業の施行地内の岡崎市八帖町川崎六一番地の一、同六二番地、同六五番地の一、同六六番地の各土地(地目・畑ないし田、地積・合計四五八平方米、以下「本件従前地」という)を昭和二七年一二月三一日以前から所有していたところ、昭和五一年三月二九日、土地区画整理法(以下「整理法」という)九八条に基づき訴外組合から、本件従前地について、街区番号四、ロツト番号一二、地積三〇七・八四平方米の土地(以下「本件仮換地」という)を仮換地指定された。ついで、昭和五二年三月一六日付で、街区、ロツト番号は従前どおり、地積三〇八・六〇平方米、過渡〇・七六平方米とする仮換地指定変更通知を受けた。これより先訴外荘吉は、昭和五一年九月二三日付で訴外上原利幸との間で本件仮換地を代金九三一万二〇〇〇円で譲渡する旨の売買契約を締結し、翌昭和五二年一月二四日右土地を同人に引渡した。その後昭和五三年一月三一日付で訴外上原利幸に対し、右仮換地変更処分どおりに換地処分通知がなされ、同年二月八日付で土地区画整理法一〇三条一項に基づく換地処分の公告がなされた。

(二) 訴外荘吉は、本件仮換地譲渡の年である昭和五二年三月三〇日死亡したので、相続人である原告は、その主張のとおりの内容を有する確定申告(別表一及び二記載のとおり)をなしたが、その算出根拠は次のとおりである。

(1) 本件仮換地の売買は、法的には換地処分がなされることを条件とする従前地の売買と目すべきところ、本件従前地は、被相続人が昭和二七年一二月三一日以前から引続き所有していたものであるから、昭和五四年法第一五号による改正前の租税特別措置法(以下「改正前措置法」という)三一条の三(現行法三一条の四)第一項本文により概算取得費の控除を行うべき資産に該当し、且つ、確定申告にあたつて当該概算取得費の額が本件土地の取得に要した金額と改良費の額の合計額に満たないことにつき何ら証明がなされていないので、本件従前地の取得費は、その譲渡に伴う総収入金額九三一万二〇〇〇円の百分の五に相当する四六万五六〇〇円となる。

(2) 本件従前地は、被相続人が昭和四四年一月一日前に取得し、昭和五二年一月二四日に譲渡されているから、その譲渡による所得については、改正前措置法三一条による長期譲渡所得の課税の特例の適用を受ける。

(3) したがつて、本件の場合は、譲渡による総収入金額九三一万二〇〇〇円から概算取得費四六万五六〇〇円を控除した残額八八四万六四〇〇円が長期譲渡所得の金額となり、右金額から長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を控除し、更に所得控除八七万円(老年者控除二三万円、配偶者控除三五万円及び基礎控除二九万円、以上合計八七万円)を控除した金額六九七万六〇〇〇円が課税長期譲渡所得金額となる。

(4) 右課税長期譲渡所得金額は二〇〇〇万円以下であるから、改正前措置法三一条により課税長期譲渡所得金額の百分の二〇に相当する金額一三九万五二〇〇円が相続人である原告の納付すべき所得税額である。

(三) 以上のとおり、原告のなした確定申告にかかる課税長期譲渡所得金額及び所得税額は適法に算出されている。

3  本件処分の適法性

(一) 原告の本件更正請求の理由は次のとおりである。

訴外組合が整理地区内の土地改良に要した総費用は、六億三七〇〇万円であり、このうち、五億三四三六万円は、保留地を他に処分して得た金員をもつて充てられている。したがつて、この保留地処分金額は、区画整理区域内の従前地所有者が、それぞれ保留地減歩を受けて負担せしめられた費用であるから、本件従前地が負担した減歩地積に相当する費用負担額二五一万一〇二〇円は改正前措置法三一条の三第一項一号にいう改良費として本件譲渡収入金額から控除すべきである。右二五一万一〇二〇円の算出根拠は次のとおりである

D=A×B/C 534,360,308(円)×5,798,738(円)/1,233,800,383(円)= 2,511,020(円)

A……総保留地処分金(改良費用に充てられた総額)

B……訴外荘吉の従前の土地権利価額

C……区域内の従前の土地総地積権利価額

D……本件土地の取得費となる土地改良費用

よつて、本件更正請求に及んだ。

(二) 本件更正請求の当否

(1) 原告主張の右A・B・Cの数値それ自体は認めるが、元来保留地とは、本件のように組合施行の整理事業においては、整理法九六条一項所定の区画整理事業施行の費用に充てるため、事業施行地区内の従前地の一部を仮換地・換地として定めず留保する土地を指すものであり、したがつて、右減歩負担の結果生じた保留地の売却代金により整理事業施行費が捻出される仕組となつていることは明らかであるが、整理事業施行主体及びその費用の支出主体は、当然のことながら訴外組合であり、しかも、組合は、右事業費を以つて、公共施設の整備改善及び宅地の利用増進を図るため土地の区画形質の変更等をなすのであるから、(イ)費用の支出主体は個々の従前地の所有者ではない。(ロ)事業内容は施行地区内全体に及び、しかも、公共施設の整備改善等をもその対象となし、個々の従前地の区画形質の変更に止まらない、以上の二点に照らし、施行地区内の土地所有者の減歩負担割合に相当する組合の事業費が改正前措置法三一条の三第一項一号に規定する改良費に当るいわれは毛頭存しないというべきである。

(2) 原告は、「区画整理なるものは、法律に基づかない一般の区画整理も法律によるものも、決して異質のものでなく、法律による援助、規制等に程度の差こそあれ、事業の形態、土地所有者の受ける経済的効果等の実質において同一の性格のものである。」と主張し、法人税基本通達二―一―二〇の「法律の規定に基づかない区画形質の変更に伴う土地の交換分合」の場合の取扱いを引用したうえ、本件においても、右基本通達と同様の取扱いをすべきであると主張する。

しかし、原告の右主張は、次に述べるとおり整理法に基づく区画整理と法律の規定によらない区画整理との差異を理解せず、両者を混同したものであつて失当である。

(イ) 整理法に基づく土地区画整理は、健全な市街地の造成を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的としてなされ(整理法一条)、施行地区域内の土地所有者等の利害調整を図り、強制的に法律に基づきなされるものである。

したがつて、土地所有者等の利害を保護するため、換地計画等を定めるにあたつては、従前地と換地計画に定められた換地については照応の原則に基づいてなされなければならず(整理法八九条)、その結果、従前地と換地とは経済的価値等において、等価性ないし同一性を有するものと解されている。

したがつて、保留地指定のため減歩されても、従前地と換地の経済的価値には、変動は生じないことを前提として換地計画は定められることになつている。

ところが、土地区画整理法においては、法技術的処理として換地計画により定められた換地は、公告のあつた翌日から従前地とみなされ、従前地について存する権利は消滅するとされている(整理法一〇四条一項)。

このような法的実体を有する土地区画整理であることにかんがみ、税法上の取り扱いとしては、換地処分により権利の変動があるにもかかわらず、租税特別措置法により整理法による換地処分については譲渡がなかつたものとみなして課税関係を生ぜしめないこととしている。

なお、税法上右にいう経済的価値の等価性が認められない場合、例えば清算金を取得し或いは清算金を支払つたときは、前者については、一定の割合で譲渡があつたこととし(措置法三三条の三第一項、同法施行令二二条の三第一項)、後者の場合には、その支出した金額を取得価額に含ませることとしている(同法三三条の六第一項三号)。

このように整理法に基づいて行われる換地処分等につき、右法律の性格からして、換地処分について法技術的には権利の移転があるにもかかわらず、税法上は、これについて原則として譲渡がなかつたこととし、課税関係を生じないこととしている。

したがつて、保留地の提供及び賦課金については、法律の特別の定めがないかぎりそれらが改良費ないし取得価額に算入されることはありえない。

(ロ) これに反し、整理法の規定に基づかない土地の交換分合は、個人の任意の意思により土地の区画形質の変更及びこれに伴う交換分合がなされ、これらは税法上からいえば本来土地の譲渡に該当すると考えられるところであるが、経済実態としては、土地所有者相互間における相隣関係の問題とし、単に土地の境界線を整理しただけであつて、それにより土地の所有権の実体にはなんら変化がなかつたと考えるのが常識的なところから、整理法等の法律に基づく交換分合のように照応の原則等が強制的に働かないにもかかわらず、前述の理由からその交換分合が当該区画形質の変更に必要最小限の範囲で行われるかぎりとの制限を付して、通達上土地の譲渡がなかつたものとして取扱うものとしたものである。

したがつて、法律の規定に基づかない土地の区画形質の変更に伴う土地の交換分合においては、その区画形質の変更に要した費用の額は改良費として認められる範囲において当然のこととして取得価額に算入されることはいうまでもないことである。

してみれば、原告の挙示する通達が存するからといつて、これを本件のように法律に基づく区画整理に伴う換地処分等にこれを適用すべしと主張することは、その前提を誤つたものであり失当である。

(3) なお、原告は、原告の主張する土地改良費用を訴外荘吉が負担したとの前提で主張しているが、本件土地区画整理事業にかかる換地処分の公告は、昭和五三年二月八日であり、一方、訴外荘吉が訴外上原利幸に譲渡した日は昭和五二年一月一四日であるから、法律的には本件土地に関し訴外荘吉が原告の主張する改良費の基礎となる本件保留地を提供したことにはならず、したがつて、原告の主張はこの点においても失当である。

三  原告の再主張

1  被告の主張第2項(一)、(二)の事実は認める。同(三)の主張は争う。同第3項(一)の事実は認める。同(二)の主張は争う。

2(一)  争点の所在

本件の争点は、土地の区画整理の事業、即ち一定の地域において多数の土地所有者が共同してその所有する土地の区画形質を変更し、併せてその利用に必要な施設を設けたり地形の改良を行う等してその利用価値の増進を計る事業(以下単に区画整理という)が行われた場合において、その区画整理の費用に充てるため、その土地の一部を譲渡した場合に、その譲渡によつて賄われた費用の額(以下単に土地譲渡費用充当額という)が現行租税特別措置法三一条の四(改正前措置法三一条の三。以下同じ)第一項但書一号中にいう改良費に該当するか否かにある。但し、区画整理には整理法、都市再開発等の法律に基づいて行われるものと、それらの法律によることなく行われるもの(以下一般の区画整理という)とがあり、整理法に基づく場合にも、個人施行者が行うもの、土地区画整理組合が行うもの、又は地方公共団体或いは国が行うもの等の区分があるが、本件の場合は整理法に基づき土地区画整理組合が行つた区画整理である。

(二)  原告の主張の論拠

税務当局が、法律によらない一般の区画整理の場合は、土地譲渡費用充当額を、当該土地の取得価額に該当するものとみなしていることは、その公表にかかる「法人税取扱通達基本通達二―一―二〇」において、区画整理の「区域内にある土地の一部が、その区画形質の変更に要する費用に充てるため譲渡されたときは、区画整理を行う複数の土地所有者が合理的基準による割合でその土地を譲渡したものとし、その区画形質の変更に要した費用は、土地取得価額に算入することに留意する」と述べていることから、明かであり、したがつて土地の譲渡により充てられた区画形質の変更に要した費用は、措置法にいう改良費として扱われている。

然らば、整理法等の法律に基づいて行われる場合の取扱いは、いかにあるべきかというに、被告は、本件処分において措置法第三三条の三及び第三三条の六を根拠として、保留地減歩による土地の譲渡はなかつたものとされるから取得価額に算入すべきものはないと主張し、原告は右二箇条によつて譲渡の事実がないことになるものではないから取得価額に算入すべき費用の存在を認められるべきであると主張してきたのである。即ち、右二箇条は整理法による保留地減歩による土地譲渡費用充当額を取得価額に算入しないことを定めたものとは解し得ないし、更には整理法並びに所得税法及びその関連法規のいずれをみても、これを取得価額に算入しない趣旨の定めをした規定は一切なく、又算入しないものと解釈されるような通則規定(例えば課税規定の適用を免れた所得による資産取得支出をその資産取得価額から除外する如き)も一切存在しないのである。

区画整理なるものは、法律に基づかない一般の区画整理も法律によるものも、決して異質のものでなく、法律による援助、規制等に程度の差こそあれ、事業の形態、土地所有者の受ける経済的効果等の実質において同一の性格のものである。故に法律に基づく区画整理の場合、関係法律によりその取扱いにつき規定された事項についてはその定めによる取扱いを受けるのであるが、法律に何等の規定のない事項については、一般の区画整理において取扱われるところと同一に取扱われるべきであることは理の当然である。

然るに整理法による区画整理において、土地譲渡費用充当額、即ち保留地減歩による費用充当額を当該土地の取得価額に算入するか、しないかについては、前述の通り整理法その他の関係法律のすべてにわたり、一切規定されていないのであるから、その取扱いは、一般の区画整理と同様であるべきであり、被告がその「法人税取扱通達」で定めたとおり土地の取得価額に算入するとの取扱いがなされねばならない。

(三)  被告主張の誤り

被告は、本件の区画整理が、整理組合の行為によつて施行され、その結果として土地所有者の土地の価値が増加しただけであつて、土地所有者自身がその意思によつて土地資産の価値を増加させる行為をなしているのではないから、その区画整理の費用も他の者(整理組合)の行為の費用であつて、土地所有者がその土地に投下した改良費用にはあたらないと主張する。

このように整理組合が行う区画整理の行為を、土地所有者の区画整理を行おうとする意思から切り離して、その意思と無関係の如く解し、且つその行為の費用を、実質的に土地所有者が負担したものであるにかかわらず、あくまで他の者(整理組合)のなした行為の費用であるからと強調して、土地所有者には関係ないものと主張するが如きは、次の各実情にかんがみ、常識上からも法規適用上からも到底容認し得ないところである。即ち、

(1) 整理組合は、多数の土地所有者の間で、夫々が所有する土地に対し、区画整理を行うことによりその利用価値の増進を計り、もつて土地の資産価値の増加をもたらそうとする意思の合致を前提として、整理法等の規定に基づき、同意された定款並に事業計画に従い設立されたものである。

故に土地所有者の意思の合致なくしては、存在するに至らず、且つその組合が事業として行うところは、組合員である土地所有者の土地のみを対象とし、又その土地の区画整理以外の如何なる事業も行うものでないこと等からみれば、まさに土地所有者の区画整理の意思の実行機関であり、土地所有者の意思は整理組合の行為により発現されるのである。

(2) 整理組合の事業の施行に当つては、計画の移動、経費収支の方法、換地計画、仮換地指定、保留地処分等すべて組合員である土地所有者の合意、承認を経て実施されていくのであるから、土地所有者が行おうとする行為を組合が代つて行つていることに外ならない。決して土地所有者以外の他の者が、所有者の意思に非さる意思をもつて行つているものではない。

(3) 区画整理の費用は、事業に要するすべてを整理組合が負担するのであり、組合はこの費用を定款の定めるところにより、一部別途収入で賄われるものを除き、その余のすべては、組合員からの賦課金収入又は組合員提供の保留地処分収入によるのであるから、これは費用を土地所有者自らが直接支出したのと全く同様であることを意味する。事業のため支出された費用を最終的に負担する責任を土地所有者は負わねばならないのであるから、区画整理による土地資産の増加に直接寄与した費用を土地所有者自身が支出したものと理解するのに何等の妨げもない。

(4) 以上の如き整理組合と土地所有者の関係をみれば、区画整理の結果生じた土地資産の増加は被告のいう如く、ただ単に他の者の事業の結果もたらされたに過ぎないものではなく、まさに土地所有者自身が土地資産を増加させる意思をもつて、整理組合を手段として行為させることにより、自らの所有土地の一部を費用として投下し資産価値を増加させたものといい得るから、保留地減歩による費用充当額は、被告のいう資産の値上りに直接寄与した費用であり、措置法にいう改良費に該当するものと認められねばならない。

(四)  被告主張の結果生ずる不合理

区画整理が組合を設立して行われる場合、この組合の行為を土地所有者の意思、行為と切離して解釈し、その結果土地譲渡による費用充当額を取得価額に算入しないものとした場合、次の如く不公平で矛盾した事態を生ずる。

(1) 整理法による区画整理には、個人施行者により行われるものと、整理組合によつて行われるものとがあるが、被告の論理で組合施行の場合に、その区画整理の費用を組合の行為の費用であることを理由として土地の取得価額から除くものとすれば、個人施行の場合は、これを除く理由はないのであるから、取得価額に算入されねばならなくなり、実質的に同一性格の区画整理であり乍ら、法規適用上、異つた取扱いを受ける結果となる。

(2) 被告が、法人税取扱通達基本通達二―一―二〇で示している一般の区画整理の場合についても同様である。「一団の土地の地域内に土地を有する二以上の者が、区画整理を行うに際し、施行の便宜上組合を設立してその組合に施行を委ねた場合、その土地の一部の譲渡によつて充てられた区画整理の費用も、被告の主張によれば、その組合の行為のための費用であり、したがつて、当該土地にかかる改良費とすることは不合理である」こととなつて取得価額に算入されないこととなる。

全く同質の区画整理であり乍ら、組合という手段を利用するかしないかで法規の適用を異にせしめることは誤りとしか考えられない。

この場合その土地の一部譲渡を譲渡があつたものとして課税対象とするものか、譲渡がなかつたものとして課税規定を適用しないのか判明しないが、いずれの取扱いをしても何等かの面で不公平をきたすことは明かである。

(五)  訴外荘吉の譲渡につき、措置法第三三条の三が適用されないとの被告主張の誤りについて。

整理法による整理組合の区画整理の対象となつた土地の譲渡が行われた場合、区画整理前の従前地の譲渡が行われたのか、あるいは区画整理後の換地の譲渡が行われたのかいずれと判断するかについて、被告は区画整理による換地処分の公告の日以前の譲渡については従前地とし以後のそれは換地として関係法規を適用する趣旨の如くである。

然し換地処分公告前の区画整理進行中の土地の譲渡であつてもその従前地、換地のいずれを譲渡したと判断するかは、一にかかつて当事者が譲渡の目的物をいずれとみなしたかの意思如何によるものといわねばならない。

而してこの譲渡についての当事者の意思がいずれであるかは譲渡契約における意思表示の如何によることは勿論であるが区画整理の進行状況が、換地、従前地のいずれを譲渡可能とする状態であるかが、大きく作用するものと考えねばならない。

本件にかかる区画整理中に譲渡した土地についてこれをみるとき、その譲渡の時期には、区画整理の事業は殆ど完了しており、既に最終的の仮換地の指定がなされ、換地処分をまつのみの状態で且つ保留地とされるべき土地はその全部が競売処分に附されて新な所有者が決定され、その処分収入による区画整理費用の支出も報告されている。

而して当該土地の売買契約においてその目的物を仮換地に指定された土地であると明記し、且つ換地処分終了後、その確定した地積に応じ売買代金を精算することを定め、区画整理に伴う清算金の処理は、売主に帰するものと定めていることをみれば、本件譲渡の目的物は、正確にいえば換地処分の終了した換地そのものである。

このような場合、換地の譲渡がなされたものとして、関係法規を適用するのが正しいのであつて、公告の一日前の譲渡であつても、これを従前地の譲渡とみなして公告後と法の適用を異にするが如きは徒らに混乱を招くに過ぎない。

なお、たとえ被告のいう如く本件譲渡の目的物を従前地であつたと解釈するとしても、そのことが本件における改良費の存在を否定するものではないことに留意を要する。

原告の改良費主張の根拠は整理法一〇四条の定める権利移転によるものではなく、あくまで土地改良が実行されたこと、又その費用のため原告等の土地を保留地とし、その処分代金を充てたという事実の存在に基づくのである。

(六)  なお、訴外荘吉は、訴外組合から定款七条に基づく賦課金を徴収されたことはない。

第三証拠<省略>

理由

一  原告先代訴外荘吉が、昭和五二年三月三〇日死亡したこと、訴外荘吉の昭和五二年分所得税支払債務を原告が承継したこと、訴外荘吉の右所得税につき、原告が確定申告ないし更正請求をなした経緯及び本件処分がなされてから審査請求に対する棄却裁決がなされるに至るまでの経緯がすべて原告主張のとおりであること、並びに訴外荘吉が昭和二七年一二月三一日以前から所有していた本件従前地が訴外組合施行の区画整理地内に属し、訴外組合は昭和五一年三月二九日付で本件従前地につき、被告主張のとおりの内容を有する仮換地指定通知をなしたこと、右仮換地につき、訴外荘吉と訴外上原との間に昭和五一年九月二三日付で代金を九三一万二〇〇〇円とする譲渡契約が結ばれ、そのころ右土地の引渡がなされたこと、その後本件仮換地につき、仮換地指定変更処分がなされたこと、ついで、昭和五三年一月三一日付で訴外上原に対し、右仮換地指定変更処分どおりに換地処分通知がなされ、同年二月八日付で整理法一〇三条一項所定の換地処分の公告がなされたこと以上の事実はすべて当事者間に争いがない。

つぎに、本件更正請求の内容及びその理由が被告主張のとおりであることも当事者間に争いなく、右更正請求理由中に示されたA総保留地処分金額、B本件従前地地積の権利価格、C施行区域内の従前地総地積の権利価格の各数値は被告の認めるところである。

二  してみれば、本件の争点は、原・被告の主張に即してみれば、「(イ)訴外組合のなした区画整理につき、保留地設定のための減歩負担者は、売主である訴外荘吉、買主である訴外上原のいずれであるか。(ロ)減歩負担者が訴外荘吉であるとした場合、訴外荘吉は、訴外組合の総保留地処分金(土地改良費充当総額)の内、右減歩負担に相応する金員を、改正前措置法三一条の三第一項但書一号にいう改良費として計上できるか。」以上の二点にあることは明らかである。

三  よつて進んで、以上の(イ)(ロ)の争点につき審按する。

1  (イ)点についての判断

(一)  成立に争いのない乙第一三号証によれば、訴外荘吉と訴外上原間の売買契約の内容は、次のとおりであることが認められ、他にこれに反する証拠は存しない。

(1) 売買目的物件は本件従前地、但し、これは訴外組合の指定した仮換地である街区番号四、ロツト番号一二、地積三〇七・八四平方米に該当する。

(2) 売買代金は、右仮換地地積につき三・三平方米当り一〇万円合計九三一万二〇〇〇円とする。

(3) 土地の引渡は、右代金完済後直ちになす。

(4) 従前地に対する公租・公課は、引渡の月までは売主の負担とし、翌月から買主の負担とする。

(5) 本件従前地の換地処分が決定し、仮換地地積に対し増減が生じた場合は、これに対応して、売買代金の清算を行い、また、訴外組合から精算金を徴収又は交付された場合は、売主がこれを負担又は収受する。

(二)  そこで考えるに、本件売買契約中には、従前地とその仮換地が併記されているが、代金額は仮換地地積に基づいて算定されているところからすれば、当事者の意図する売買目的物件は本件仮換地であると解せられるが、仮換地の法的性質(仮換地指定があると、従前地の所有権のうち使用収益権は仮換地上に変更移転させられるが、処分権は従前地に残存する)にかんがみると、本件売買契約は仮換地地積を基準とし、且つ、仮換地地積が換地処分により変動があつたときは、当事者間で後日清算することを条件とする従前地の売買契約であると観念するのが相当である。

そして、このような売買契約が履行され、従前地につき所有権移転登記手続が了されると、換地処分は従前地の特定承継人である買主に対しなされることになる(整理法一二九条)。

本件においても、右と同一の経過をたどり、昭和五三年一月三一日付で買主たる訴外上原に対し換地処分通知がなされたことは前記のとおりである。

そして、本件仮換地地積は前記仮換地指定変更処分により、右売買契約後三〇七・八四平方米から三〇八・六〇平方米に増額変更され、右増額変更地積どおりに換地処分がなされたことは前記のとおりであるから、前記当事者間で清算する必要は生じなかつたものと推認できる。

(三)  ところで、保留地とは、整理法九六条一項所定の区画整理事業施行の費用に充てるため、事業施行地内の従前地の一部を仮換地・換地として定めず、留保する土地を指すものであり、正確には、換地処分のあつた旨の公告(整理法一〇三条四項)の以前は保留地予定地、公告の翌日からは保留地と呼ばれる。そして換地計画において定められた保留地は、右公告の翌日に施行者(本件では訴外組合)がその所有権を取得する(整理法一〇四条九項)。施行者は右保留地を他に売却し、その売却代金を以つて事業施行費に充当することになる。

しかし、施行者は保留予定地の段階で、これを他に売却することも可能であり、この売買は施行者が換地処分の公告により、その所有権を取得することを停止条件として所有権移転の効果を発生させるという条件付売買と解せられる。

そして、整理事業費に充当するための資金調達の方法は、保留予定地の売却によることが多いと推認できることに加えて、本件売買契約が減歩された仮換地地積を対象としてなされていることを考え併せると、実質的に見れば、本件従前地の減歩負担者は売主である訴外荘吉であることは明白である。

以上の説示に反する被告の主張は採用できない。

2  (ロ)点についての判断

(一)  整理法に基づく土地区画整理の法的性質

整理法二条一項は、「この法律において土地区画整理事業とは、都市計画区域内の土地について公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図るため、この法律で定めるところに従つて行われる土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更に関する事業をいう。」と規定し、同法三条は、区画整理事業の施行主体を、(1)一人又は数人の共同、(2)区画整理組合、(3)都道府県又は市町村、(4)建設大臣と規定している(本件は、(2)の区画整理組合施行にかかるものであることは前記のとおり当事者間に争いない)。

したがつて、訴外組合施行にかかる本件区画整理事業は、整理法二条の趣旨に則り、同法の全面適用を受け、同法に基づき強制的に施行されるものであり、したがつて土地所有者の利害を保護するため、換地計画等を定めるについては、従前地と換地計画で定める換地については照応の原則に基づいてなされなければならず(同法八九条)、その結果、従前地と換地とは経済的価値等において、等質性、等価性を有するものと解せられている。

このように整理法に基づく土地区画整理事業にあつては、換地は従前地と等質、等価のものであり、その権利関係も、同法一〇四条により、換地は換地公告の翌日から従前地とみなされることになつているのである。

そこで、税法はこのような整理法による区画整理事業の法的規制を反映させ、個人がその有する従前地につき、整理法に基づく区画整理事業の施行に伴い、換地処分により土地を取得したときは、土地と共に取得した清算金に対応する部分の土地を除き、従前地の譲渡はなかつたものとみなして、譲渡所得等に対する課税関係は生ぜしめないこととし、同時に従前地の取得価格を換地に引き継がせることにしている(措置法三三条の三、六各一項)。

したがつて、整理法に基づく区画整理事業の場合は、たとえ減歩により換地地積が従前地のそれより減少していても、取得した清算金がなければ、従前地については一切譲渡がなかつたこととされ、従前地の取得価格が換地の取得価格とみなされることになる。

なお、清算金を取得したときは一定の割合で譲渡があつたことにされ(措置法三三条の三第一項、同法施行令二二条の三第一項)、清算金が徴収されたときは、その支出金額は取得価格に含ませる取扱いになつている(同法三三条の六第一項三号)。

これを要するに、整理法に基づく区画整理事業においては、清算金取得の場合を除き、一律に換地に対応する従前地については譲渡はなかつたものとみなされるのである。

これを本件についてみれば、訴外荘吉は、従前地につき、仮換地指定により減歩されているが、成立に争いのない乙第一一号証によれば、換地処分に伴う清算金の支払はなかつたことが認められ、且つ、訴外荘吉が清算金を徴収されたことがないことは原告の自認するところであるから、右減歩部分は、措置法三三条の三第一項の適用上換地の中に含まれ、譲渡はなかつたものとみなされ、同法施行令二二条の三第一項ないし同法三三条の六第一項三号は適用されないから、減歩部分がたとえ実質的には区画整理事業費に充当された保留地売却処分代金の一部を形成しているとしても、これを改正前措置法三一条の三第一項但書一号にいう改良費(所得税法三八条は、譲渡所得の金額の計算にあたり、資産の譲渡による収入金額から控除すべき取得費を資産の取得に要した金額と設備費及び改良費に限定しており、改良費は、広義の取得費に含まれる)に該当すると認めることは到底できない。

もつとも、原告主張の基本通達二―一―二〇(法律の規定に基づかない区画形質の変更に伴う土地の交換分合)は「一団の土地の区域内の土地を有する2以上の者が、その一団の土地の利用の増進を図るために行う土地の区画形質の変更に際し、相互にその区域内に有する土地の交換分合(整理法等の法律の規定に基づくものを除く)を行つた場合には、その交換分合が、当該区画形質の変更に必要最小限の範囲内で行われるものである限り、その交換分合による土地の譲渡はなかつたものとして取扱う。この場合において、当該区域内にある土地の一部がその区画形質の変更に要する費用に充てるため譲渡されたときは、当該2以上の者が当該区域内に有していた土地の面積の比その他合理的な基準によりそれぞれの有していた土地の一部を譲渡したものとする。(注)その区画形質の変更に要した費用の額は、土地の取得価格に算入することに留意する。」と規定していることは明らかであるが、右規定の前段の趣旨は、整理法等の法律の規定によらない区画整理における土地の交換分合についても、その実質に着目し、整理法等の法律の規定に基づく区画整理に準じ、それが区画形質の変更に必要最小限度の範囲内で行われた場合との条件を付して、土地所有者相互間に譲渡がなかつたものとして取扱う旨を定めたものであり、後段の趣旨は、当該区域内の土地の一部が区画形質の変更に要する費用に充てるため譲渡されたときは、形式的には、右譲渡された土地の所有者が単独で自己所有地を譲渡したとみられるが、実質的には区域内の土地所有者全員が共同してその土地を譲渡したとみることが実態に即するところから、かかる場合は、その区域内の土地所有者全員が区域内の所有土地の面積の比その他合理的な基準に応じて、それぞれ固有の土地を譲渡したものとみなして、それぞれの土地所有者に課税関係を生ぜしめることとし、その結果、区画整理に要した費用(上述の土地所有者全員が譲渡したものとみなされる土地の売却代金相当額中、各所有者のみなし譲渡土地相当額)は、区画整理後の各所有者の土地の取得価格に算入されるべきことを規定したものと解される。

してみると、整理法等の法律の規定に基づかない区画整理につき、右通達は、土地所有者相互間の交換分合につき、土地の譲渡はなかつたものとする一方、事業費充当のための土地の譲渡については、土地所有者全員の譲渡となし、右土地譲渡代金(事業費)につき、一定割合により各所有者の土地取得価格への算入を認めたものであることは明らかであるから、保留地設定のための減歩は、一律に換地に包含され、譲渡はなかつたものとみなしている整理法に基づく区画整理事業に右通達が準用されるべき道理は毛頭存しないから、右通達の存在が減歩負担部分が改良費に該当しないとする前記説示に何らの消長を及ぼすものでないことは明らかである。

以上の説示に反する原告の主張はすべて採用できない。

したがつて、訴外荘吉は本件従前地の減歩負担者ではあるが、右減歩負担部分に相応する訴外組合の保留地売却代金相当額(土地改良費充当相当額)は改正前措置法三一条の三第一項但書一号にいう改良費にはあたらず、本件確定申告には誤りがなく、本件更正請求は正当な理由に欠くというべきである。

四  以上の次第であるから、本件更正請求に対し更正すべき理由がない旨被告がなした本件処分には何ら違法事由は存せず、適法というべきである。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本武 澤田経夫 加登屋健治)

別表一、二<省略>

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